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盤上の哲人

「おやつですよ」
「は〜い」 「は〜い」
「おい、行こうぜ」 「よしゃ」
「早く、そのまま、そーとしとけよ」
「動かすな」

トントン、タッタッタッ、子供たちの足音が消えた。

今はもう寒さも緩み始めている。ここ、大きなガラス戸の縁側では、陽をいっぱいに受けると、とても暖かい。

小さな足音の後を追いかけるように、午後の日差しが縁側いっぱいを、まぶしく光らせた。その光に照らされて、ホコリ達がキラキラと輝き、さかんに動き回る。まるで生き物のように。

静まり返った縁側に取り残された将棋盤には、将棋の駒が積み上げられていた。積み将棋の最中だったのである。

よく見るとそれぞれの駒は、今にも崩れそうでいて、なんともうまく支えられている。子供たちの手に汗握る熱戦の緊張をそこに残して。

キラキラ光るいくつかのホコリ達が、その上で舞い、駒にぶつかる。まるで日差しある間だけの命を、楽しむかのように。

煤@  ?   ♂   ♀   ∞   π   Ψ   ∈

「見事に構成されたこの世界の構造を見よ!」

「これこそまさに神のなせるわざだ」

「横になった『金』の上に頭を下にして積み重なった『銀』、その上の半分身を乗り出した『歩』、それを支える『香車』、見事な連関、見事な調和だ。どれ一つ取り除いても、バランスは崩れてしまうだろう」

「そうだ。そうだ。」「まったくだ。」

「神は偉大だ」「おお、偉大なる神よ」

つかの間の日差しで命を与えあれたホコリ達が、小高く積み上げられた将棋の駒の中で、その世界を語っていた。

一見無秩序のようでいて、それでいてその一つ一つに意味もつ構造に感嘆し、世界の創造者について、熱き議論が戦わされた。あれやこれやの意見が出たが、大枠の於いては一致していた。それは、

「この見事に調和の取れた世界は、我々を越えた次元の存在、つまり神の創造物に違いない。神はその意思を実現すべくこの世を創造したのだ。」というのである。

従って、その中に生きる我々は、その神の意志を知り、その意思に従って生きねばならない。それが人生の意味であると。

一時期、ある人々が、この「神の意思」というのを「歴史の法則」と呼び換えて、人気をはくしたことあったが、これとて中身は同じであった。

人々はこの「神の意思」をめぐって、ああでもない、こうでもないと議論の花を咲かせた。それは、短い日差しの間だけが命のホコリ達にとって、誰も証明出来ない問題でもあった。

煤@  ?   ♂   ♀   ∞   π   Ψ   ∈

ところがある時、デカルトという学者が驚くべきことを言い始めた。

世界の存在に、意思は無いというのである。「もの」には心は無いというのである。世界はすべて瓦礫の山で出来ているというのである。なんということか。

後の人が言うには彼は物質と精神を切り離した最初の人だったとか。彼の弟子達は科学というそれはそれは立派な観念体系を創り上げた。

科学は全てを量で測った。かつての哲人が「金」とか「歩」と呼んでいたものを数字で置き換えた。「長さ」「重さ」「体積」「質量」「角度」「座標」……数字を並べてそのものとした。そして「もの」と「もの」の関連を見事に数式で表現した。人々はその見事さに惚れ惚れした。

それまで全ての「もの」に潜んでいた妖精は追い出され、「もの」は「物」の山と化した。

そしてついに自分達自身の中からも「精」「神」を追い出してしまったのである。ここに登場したのが進化論であった。もはや我々は神の申し子ではなく単なる物質反応の結果なのである。

ところがこの全てを焼き尽くすかの勢いであった科学も、なんとも手のつけられないところに迷い込んでしまったのである。というのも、科学は物が出来てしまってからは見事にその過程を説明できても、その初めに出来たものをどうしても説明できないのである。世界の第一原因を。

かつての哲学者はそのコノヨの外を「ある」と説明した。神の存在を信じ、それでコノヨを包んだ。

科学者は「もの」を単純化して理解する道を歩んできた。そして彼等はこのコノヨの果てにたたずみ、ついにその最後の切り札「ない」を切ったのである。それを生じた原因は何もないと。第一原因は偶然であると。

「ちょっと待った」ある男が異をはさんだ。<

空白を「偶然」で埋めて満足することに不満のようであった。偶然で埋めるというのは、わからないと言っているだけではないか、というのが彼の不満であった。

「いや、わかり得ないことを、わからないと知ることも大事なことだ」誰かが叫んだ。彼は、わかり得ないことへの思考停止を主張した。

「そうだ、そこは神の領域だ。足を踏み入れてはいけない。」遠の昔にアリストテレスにねじ伏せられたはずの詩人シモニデスが、息を吹き返した。

再び盤上では哲学論議に花が咲いた。

煤@  ?   ♂   ♀   ∞   π   Ψ   ∈



ドタバタドタドタ……<

「誰からだったっけ」

子供達が帰ってきた。 と同時にサッと日が陰り、ホコリ達は見えなくなってしまった。

「よっしゃ、僕からだ」 子供たちの弾む声が縁側にこだました。

煤@  ?   ♂   ♀   ∞   π   Ψ   ∈

ところであの小山に積まれた将棋の駒は単なる偶然の世界だったのでしょうか。それとも積まれた山そのものは偶然でも、山を積むというその第一原因に子供たちの意思が作用したといえるのでしょうかね?

日差しの消えた今、もうあの誇り高き盤上の哲人達の議論は聞こえなくなっていました。

とその時、私の肩を叩く人がいました。

「君、人が毒矢に射られて苦しんでいる時、その矢を射たのは誰か?王か庶民か奴隷か?それが問題だといって議論を重ねてばかりいる人がいるでしょうか。まず医者を呼ぶこと、手当てをすること、それがだいじです。

それと同じで、問題は世界がどうであるかより、どう生きるかだよ。毒矢にあたらないように正しい道を歩くこと、その道をダルマというのだよ」そう話しかけてきたのはお釈迦さんではありませんか。

「その道が正しいと奏でるのは我々さ」その声は古事記の国を旅した時に出会ったアマテラスさんでした。

ギリシャの神々、アフリカの神々、インドの神々もいます。

「世界に、リズムとメロディを奏でるのは我々さ。魂を吹き込んでいるのだよ。」

おや、その向うにぼんやりと見えるのは、裏返ることによって悟りを得たという『と金』さんではありませんか。

するとここは。

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